うまめしの食卓
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2015年01月25日

うまめしの日々 その21

うまめしの日々



正月がもう遠い過去の気分。2015年。バック・トゥ・ザ・フューチャー2の未来にいる。遠い未来の気分。未来は来ているのか。来ているような気はするけど。前に進んでいるのかは不明。変わることが未来なら、無理やり変えれば進んでいる気分になれるのか。
2015年は何ブームにしようか悩む。

今年もいただきます。



 

2014年12月31日

うまめしの日々 その20

うまめしの日々



今年も大晦日。
明日が「明けましておめでとう」とは思えないこの空気感はなんだ?と思ったら、録画しておいたクリスマス番組を見ているので気分がジングルベルなんだ。多くの人に支えられた2014年。感謝。蕎麦を打つ予定だったんだ、今年は。打てなかった。ストレッチな目標だった。
とにかく、まだ録画してある番組が沢山ある。巻いて見ていかなくちゃ。正月に間に合わないよ。

今年もごちそうさまでした。
 

2014年12月13日

うまめしの日々 その19

うまめしの日々



正月前にめでたい食卓。近所の魚屋の親父が良い人で鯛を取り寄せて焼いてくれた。大きな鯛だった。鯛は賑やかな魚だけど、たい焼きが少し寂寥感にとらわれるのは子門真人のせいなのか?

今日もごちそうさまでした。

 

2014年01月03日

うまめしの日々 その18

うまめしの日々


年が明けた。
自分の中では昨年という数日前と何ひとつ変わらないのだけど、月の数字が1に戻ったり、箱根に向かって必死に走っている姿とか見ると、じんわりと明けた感が沸き上がってきて、何となくめでたい気分になる。

正月は実家で過ごした。
小学生になった甥っ子の強引な遊びの誘いで、わんぱくな育ちっぷりを見せつける。ヒーローごっこ。地球を滅亡させようとしている悪の組織になれという熱烈なオファーなのだけれど、食べては寝るを繰り返す、王様のような実家生活に必死なのだよ、こっちは。そんな誘い方じゃ女子に嫌われるぞ。と話をそらすのだけれど、聞いているよってくらいの気持ちでへへへと流された。悪い子は松岡修造のテニス合宿に連れてくぞ。と言ってもあまり効果はなかったので、その後しかたなく覚悟を決めて悪の組織になった。

2013年の目標は、無駄が生産する価値に目を向けるということで「寄り道をする」と意気込んでいたものの、なかなか寄れなかった。そもそも、行く場所がしっかりと決まっていなくては寄り道にはならないのだった。近道なのか寄り道なのかもわからない道を、手探りで進みながら、結果的に1年間が大きな寄り道になったのではないのか?ということになり、なんともあれだった気がする。
2014年は「打つ」にしようと思う。目の前に転がったボールとか、投げられたボールとかを見逃さずにしっかり打っていきたいものです。あと、蕎麦も。打ちたい。旨い蕎麦を。今年はウマい年にする。ちなみに、これが馬とかかっているということは誰もがわかっているから説明はしない。あと、いくつか今年からはじめた事と、やめた事があるのだけど、宣言すると逃げられなくなってしまうので、書くのはやめておくのさ。

2014年、今年もいただきます。

 

2013年12月30日

うまめしの日々 その17

うまめしの日々

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随分寒くなったなあ、と思ったらすっかり年末なのだ。早めの年越し蕎麦。今年はなにやったかな?いくつかは覚えているけれど、いくつかは忘れてしまった。覚えている中で、それらは良かったのか悪かったのかというと、まあ良かったのではないか。と思う。思いたい。思おう。良いか悪いかの理屈合戦は疲れるので、おもいっきり人間らしさに甘えた考え方で良しとしたぜ。良くないことを自分の尺度だけで良いという方向に無理矢理変えるやり方より、曖昧の方がいい。むしろ、そんな考え方のほうが、絡まってグチャグチャしたものとかも知らないうちに案外スルッと外れるものなんじゃないか。と、大掃除で見つけた知恵の輪をしながら思う。
いくつかのバトンは、しっかりと2014年に渡せた気がする。それがなにより。たのしみだ。

今年もごちそうさまでした。

 

2013年06月27日

うまめしの日々 その16



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ビールビールと連呼するのは、ビールによって全てのことから解放されて自分が自分でいられるから。できるだけ解放されていので飲む。いわば、飲みたいのではなく、それは自分に素直でいたいからだという、澄みきった願望なんです。と主張すれば、飲むという行為を肯定されるのかもしれない。と思ったけど違うよね。

昼に時間ができたので家で描いたりつくったり。そしてめでたくビールってわけ。

平日の昼ビールは学校でタモリを見る感覚。給食時間に先生の居ぬ間に教室のテレビでタモリ。タモリは茶の間の象徴であって、教えの庭において彼の存在は無縁。それは現実から切り離された瞬間で興奮だよね。規制からの解放。だとすると、小学生は昼にタモリを見てはいけないということになる。わからないけど。

今日もごちそうさまでした。

 

2013年01月02日

うまめしの日々 その15

うまめしの日々



食べて飲んで寝るに忙しい。だって正月だもの。さっき食べたのにまた食べてる。もはや作業。想像以上に食べられるんだな、人は。と知る。昨年の正月も知ったけどそれ以上。食べることは、生きていくための根源的欲望のはずなのに、この過剰に食する行為はいったい。生きたいという欲を超越した、贅沢であり、ある意味無駄な行為をしてるように思うけど。そんなことを考えながら、ほらまた食べてしまう。まあいいか。だって正月だもの。正月という言い訳は便利だなあ。この言葉でだいたいが許される、魔法の言葉。

2012年の目標は「よく噛む」ことにしたんだった。噛んでたかな。噛んだと思う。けど、もう少し上手く噛み分けられればよかったかもしれない。噛むことに夢中になり過ぎて、固いものと柔らかいものを同じ強さで噛んでしまったりした。まだまだだ。と、正月ぐらいは自分に厳しくしようとするけど、また忘れてしまうと思う。

2013年は「寄り道をする」ことかな。会話も考え方も最短距離の方が効率的であって、大人の世界では求められることなんだけど。あえての。意味のない無駄じゃなくて、無駄が生産する価値に目を向けてみる感じ。その新しい意識を持つことで得られる何かに期待。みたいな。

2013年、今年もいただきます。


 

2012年12月31日

うまめしの日々 その14

うまめしの日々

2012年の最後の朝だと思えば寝坊しないと思ったけど、やっぱり寝坊した。連日の忘年会のせい。1年は早いなぁ。と、昨年と同じことを言ってるのさ。変わらないことはいいことだ。時間が早いのか時間が足りないのか。いったい1年にどれくらいの時間があれば満足するんだろう。望むだけの時間があったところで、きっと言うことは同じのくせにね。とんだ欲しがり屋さんだ。
今年も色々なことをして色々なことを考えた。気がする。殆どは忘れてしまったけど。煮詰めすぎた鍋の焦げのように心にこびりついてる。はず。夜空ノムコウでいう、僕の心のいちばん奥の方。それがどこかで何かの役に立つといいな。



10年前にはじめて沖縄に行ったときに買った泡盛をあけた2012年。

今年もごちそうさまでした。

 

2012年12月04日

うまめしの日々 その13



<2012年11月03日>
フランス料理のテーブルマナーより気にするもんじゃの作り方。
何度つくっても果たしてこれが正しい作り方なのか不安である。
フルコースを目の前に「箸ありますか?」と言う発言は攻めているようで案外格好がいいと思っていたりするけど「もんじゃつくってもらっていいですか?」とは言えない。
ここが日本であってフランスではないからか?

気づいたら店内のお客さんみんなが「明太もちチーズもんじゃ」食べてた。前にもんじゃ食べたときも「明太もちチーズもんじゃ」食べたしやっぱり「明太もちチーズもんじゃ」が好きだ。明太子もチーズも生地に溶け込むから味にムラがない。どこを食べてもあの味が出迎えてくれる。優しいもんじゃだ。
次もきっと「明太もちチーズもんじゃ」を食べるのだろうな。


<2012年11月04日>
頂きものの「利尻昆布ラーメン」で本気のインスタントラーメンした。
茹で玉子とほうれん草を準備してネギを切る。
スープの袋を少し温めてラードを溶かし、麺は別鍋で茹でた。
期待するインスタントラーメンはお湯の量にも気が抜けないぞ。
麺を少し茹ですぎたか!いや大丈夫だ。ホッとする。

さっぱりしたラーメンがいいな、とか言うところが大人になったなと思う。
すべて無意識。子供の頃は苦いものを嫌って、青春期はこってりを求め、大人になったらはさっぱりを欲しはじめるのは、体にとって必要なものを求めて不要なものを嫌うようにできているんだなぁと関心する。
健康に気を使うようになったかというとそうでもなく、案外健康で過ごしているのは、やはり驚異の小宇宙、人体の不思議なのだろうとか考える。


<2012年11月08日>
豆腐をクツクツ煮る。
クツクツ煮るつもりはなかったけど、豆腐がクツクツいいだした。
鍋の煮るあの音だ。目を閉じると広がる鍋の風景。別に鍋が食べたいわけじゃなくて、そこにないものがあたかもあるように感じるその感覚を楽しんでるだけ。
これはモノマネ番組を見て楽しむ感覚に似てるのかな、と思ったけど、豆腐は鍋に入っているものなのでモノマネとはちがうか。例えるならば桑田さんの曲を聞いてサザンを感じるというのが正しいのかもしれない。


<2012年11月11日>
秋だなぁ、と歩く昼下がり
猫が道に落ちた紙を必死に追ってた。
紙には逃げる意思なんてなくて、猫が激しくひっかくから逃げる…ように見える。
逃げてないよ、と真面目に教えてあげたくなったけど、案外楽しそうだし、大きなお世話か。
バカだなぁとか思いながらしばらく見てたけど、自分の生活で普段していることも意外と同じようなことなのかもしれないとも思ったら急に猫を応援してやろうという気持ちが湧いてきたので、それ逃げてるよ!と小さく伝えてあげた。すると追うのをやめてしまった。

必死に頑張ってるアピールをしときながら「すごいね、頑張ってるね」って伝えると、そうでもないよみたいな雰囲気をだす、人間でいうとそんなタイプだと思った。


<2012年11月17日>
牛すじを煮込む。
今日は予定がないから時間をかけてグツグツ柔らかく煮込もうかと思ったけど、結局圧力鍋でシュルシュルした。
牛すじだけをシュルシュルしたあと、それ以外の食材は味を染み込ませたかったからグツグツ煮た。便利だなぁ、シュルシュル鍋は。
大根とニンジンをどう切っていこうかな?というぐらいでコンニャクを買い忘れたことに気づく。
もうどうしても入れたくて仕方なかったけど、この段階じゃもう諦めるしかなく…買い忘れに後悔。。もうこんなことなら思い出さなければよかったと、思い出したことにも後悔。
あまり色々と食材入れすぎると主役の牛すじが目立たなくなるからこれでいいのだ、という感じでどうにか自分を説得させてその場は落ちついたけど、やっぱり諦めきれず、メモしたレシピノートにはコンニャクと書いて二重丸しといた。


<2012年11月18日>
休みだけど雨だった。これを書いていたときは。
前日に飲んだボジョレーがまだ少し残ってたし、外は寒そうなので一日調べものをすることにした。
雨水が屋根から室外機に落ちるコンコンという音が一定のリズムを刻むので気になるなぁ、と思ってたけど後半はあんまり気にならなくなってた。これは調べものに集中してたからなのか!と思い返すとradiko聞いてたんだった。
家に食材が何もないので夕飯の買い物に行かなくてはなのだけど、夕方になっても止む様子はないみたい。外に出たくない感がすごい。
昨日ボジョってた時間の少しをつかって食材を買っとくべきだった。
「アリとキリギリス」のキリギリスの気分。アリはえらいな。
雨の中、渋々買いものに行ってみたら外の空気に当たって案外悪い気分じゃないじゃん。
これは小学校の頃、プールが嫌で嫌で嫌だったけど入ってみたら案外楽しかったという感覚と同じ。
何でもやってみることが大事ということか。


<2012年11月23日>
忘れかけても今だにある店。懐かしいな。
炒飯は主にご飯への絶妙な味付けとパラパラ感で評価してるので、スープ炒飯とかは炒飯じゃないと思っている。
なのでこの炒飯も炒飯に肉とか乗せちゃってるから邪道だと思ってたけど、美味しかった。
少しやる気のない接客とカンカン鳴る中華鍋の音が響く店内、ザ・大衆中華料理屋の居心地は案外悪くない。
こんな雰囲気だけをつまみにビールが飲めるぜ。
「飲める」という上から目線な言葉をつかってしまったけど、実際は「飲みたい」の方が正しい。
それでも「今日のオレは飲まないぜ」と言うと何か格好いいけど、これも「今日の僕は飲めない」という方が正しい。
つまり、飲みたいけど飲めない。途端に辛抱感がスゴイ。
炒飯でお腹いっぱいだからビールは入らないからおっけい。


<2012年11月24日>
旧友のオオバ君がやってるカレー屋。
恵比寿横丁「だるまてんぐ」をお昼の時間だけ貸しきって営業していて、アジアの屋台感を味わいながらヘルシーなカレーを食べれるような感じ。
オオバ君は忙しいそうだったので、ひとまず黙々とカレーを食べた。

いま食べてるこれはカレーと呼んでいるけど、色んなスパイスを入れた食べ物がカレーならば、インドとかで食べるものは全てカレーであって、そうなるとわざわざカレーとかでくくらなくてもよくなるはずだから、あの国では「カレー」というジャンルは存在しないのだろうか、とか考えながら食べた。

その後、オオバ君になんで忙しいかと聞いてみると、朝マックをしていた15分間で自転車を撤去され、歩いてきたので仕込みが遅れてるらしい。一言でいうとそういうことなのだけど、そんな話を漫才ネタのように30分ぐらいかけて熱弁した。
もう「漫談カレーオオバ」にすればいいのに。
新しいネタが出来た頃にまた行こうと思う。


<2012年11月25日>
温かい野菜を食べると健康になっている気分になれる。
自分は人から不健康っぽいと言われることが多いから、知らないうちに自分は不健康なんじゃないかと思い込んでいるところもある。
でも「ぽい」だから不健康を認められてはいないし、そもそも勝手に人を不健康と決めつける自信もなかろう。
ならば、こっちから「僕って不健康だからさ」みたいな少しナルシスティックなアピールをしたら、まわりも不健康と認めて、それはもう不健康になるのかな。
しかし自分では案外健康のような気はしてるし、そもそもそんなことをする意味もないし、したくはないぞ。かと言って健康なのかというと言い切れる自信はない。
じゃあ、健康とは誰が決めるんだ?そっか、あの人か。やっぱり医者はすごい。
人の心の奥にあるすごく柔らかなもののような気もするけど、やっぱり表面的なものか。でもそれは個性でもあって、欲でもあり、時に悩みにもなる。
なんか、ふわふわしてるなぁ。
 

2012年11月10日

うまめしの日々 その12



<2012年10月27日>
でたでた、忙しいやつ。
働いていると定期的にこんな時期はやってくる。

やらないと終わらないし早く終わらせたいから、とりあえずやる。
なんでやっているのだろう?とか考えたりするけどそれを考えだすと終わらないパターンなので、あとで考えよう。
身体を前に傾けると倒れないように勝手に右足は前にでるようにできているので傾ければいいんだと思った。
痛いのとか嫌いだし、いいアイデアだ。


<2012年10月21日>
お腹が痛くて起きたり寝たりして、結局4時に起きる。
今週末は、たまった色々を片付けたりしなくちゃなので
このままだと外には出なそうだ。
小腹がすいたからホームパイを食べながらパソコンに向かう。
個包装なので、開ける、食べる、パソコンのサイクルが忙しい。
袋のゴミがワサッてなってテーブルから落ちる。まったく集中できない。もうでっかいホームパイがあればいいのに。
こんな日は記憶の中に何か休みの足跡を残そうと、凝った料理でもしようと思ったけど、結局炒め物。ダメだな、と思う。


<2012年10月20日>
ブリの照り焼きを食べた。
よく行くスーパーの魚屋は自分で取るタイプと対面販売の二種類があって、昔ながらの商店街な対面式の方が美味い魚が多いので、できればそこで買いたいけどそこで働いてるザ・江戸っ子のおばちゃんの営業がすごい。
なので、だいたい何を買うかを決めてから近づくようにしている。悩んだら危険なのだ!
今日も若い主婦に調理方とか細かく教えてる。長いぞこれ。もう調理して売っちゃえばいいのに。
話が済んだところで新しい鮭を裏から出してきて、すぐに値引きの「おつとめシール」を貼った。
まだつとめてないってば。


<2012年10月14日>
先週のかっぱ橋道具街祭で買ったアルミフライパンでパスタ。
いろんな種類があったけど、超特厚底というマイスターのやつを買った。

アルミのフライパンは鉄やステンレスに比べて熱ムラがないから料理の仕上がりがいいけど高温で一気に炒める調理にはあまりむいてないらしい。これはパスタ専用だ!

今年もかっぱ橋道具街の歌がずっと流れていたのでサビはだいたい歌えるようになった。ドンキホーテみたいな歌。あれ?去年と違う気がするけど新譜かな。

鉄のフライパンも買おうか迷ったけど重いのを持って帰るのはイヤなので諦めた。やっぱり買えばよかったかな。


<2012年10月13日>
秋刀魚とめざしどっちにしようか、と。
やっぱり秋だしここは秋刀魚かな?って思ったけど
こないだ食べたし、とか悩んだ。
秋刀魚はトングで自分で袋に入れるスタイルだから
一度いれたら後戻りはできない。
レジに行くまでに心変わりして後悔するのが嫌だから
やっぱりめざしにした。

1パックの中に敷き詰められためざしはだいたい同じ大きさで同じ顔に見えるけど、それは大人が芸能人はみんな同じ顔に見えるのと同じことなのだろうか、とか考えたけどたぶん違うってのは何となくわかる。

芸能人の顔がわからない大人も、
めざしの苦味の美味しさはわかるから今日も日本酒がすすむ。


<2012年10月08日>
ビートルズが流れるラーメン屋。
じゃぱにーず ラーメン屋でビートルズ。
ジョンもまさかラーメン屋で流れてるとは思いもしないだろうな。
洋楽は歌詞がわからないので雰囲気だけを味わえるから都合がいい。
ちょうどラーメンが運ばれてきた時は「Hey Jude」

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そしてどんなにつらい時でも
ヘイ、ジュード 思い出して
全てをひとりで背負い込むことはない
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そんな風に励まされながらラーメンを食べる。
歌詞がわかればもう日本酒飲みながら涙だよ。
浮かぶ風景は日本海。

風の音が胸をゆする 
泣けとばかりに
ああ津軽海峡・冬景色


<2012年10月07日>
冷蔵庫に何もなかったから、学生時代によく食べてた
シンプルチャーハンをつくってみた。

懐かしいなこの感じ。
あの頃は間違いなくこれが一番美味しい料理だと信じてた。
疑うことはなかったし、疑いようもなかった。
信じるってことは大事だけど疑うことをしないとその行為は
ただの甘えになる、とかって聞いたことあるけど
こうして、あの頃より美味しいチャーハンがつくれるようになったということは、甘ってのは時間が解決してくれることを知ってしまった。
なので、また甘えてしまうと思う。

たかがチャーハン


<2012年10月06日>
鶏肉を使った料理をしようと包丁で切ったら
皮が「うにょー」ってなってとれたから
違うおつまみにしてみたわけ。
そろそろ包丁を新調したいな。

居酒屋のつきだしみたいにになったけど
本当に居酒屋でこれがつきだしに出てきたら
「とりあえずビール」とかは言いづらいと思うよ。

「じゃ、日本酒で」って言いいたくなるけど我慢。
だいたい今までの経験で、おしぼりで手を拭きながら
そんな江戸っ子みないなことを言うと「え、一杯目から?」ってなる。
この人の飲みにはついていけないかも?と
自分とは違うタイプの人って思われたりすることがあるから注意だ。
だからこれはつきだしにはしない方がいいと思う。

 
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